「…貘様 この門倉雄大そのような解釈… ……… 嫌いではありません」
出典元、迫稔雄の漫画「嘘食い」10巻より。立会人、門倉雄大のセリフ。
「嘘食い」はギャンブル漫画である。頭脳戦の漫画として、その緻密度は現在日本で最高峰に位置している漫画だと思われる。頭脳明晰な者同士の戦いに、多数のギャラリーからのあらゆる考察が入り、その上で当人同士はフェイク、イカサマ、そのイカサマを逆手に取った策略、を駆使して戦っていく。後に判明する伏線は漫画なので絵で必ず描写されており、しかし読めない、予想の出来ない展開と納得出来る結末に、毎度読者は舌を巻く。ちなみに絵柄も1、2巻は少々クセが強かったが、次第に洗練されてきて現在では滅茶苦茶上手くなっている。キャラも立ちまくっており、知名度だけやたらと低い超ハイクオリティ漫画である。もっと評価されるべき。
この漫画の大きな特徴として、賭郎という組織の「立会人」の存在がある。ギャンブルものの漫画は、貧乏な主人公が大金持ちから知略を用いて大金を奪う、という展開が良くあるが、実際のところはそんな事になったら大金持ちは部下を使って暴力に訴え、脅し、金を取り戻すだろう。そこで、「嘘食い」では賭郎の会員になれば、立会人という力のある存在がそのギャンブルを取り仕切り、勝敗と支払いがしっかりと行われるまで管理する。しかしこれもその時々の取り決め次第であり、奪った金を守るために主人公の貘は”暴”の力を持つマルコという用心棒を要所で上手く利用している。武闘派が大勢出てくる為、バトル展開も多く入ってくる。ギャンブル漫画にしては珍しい方だろう。逆に言えば2つの要素で楽しめるとも言える。
もう一つの特徴として、青年漫画誌なので、命を賭けたギャンブルをして、負けると実際に命の取り立てが行われる。長年の読者としては廃坑のハングマンでの執行が印象深いだろうと思われる。ギャンブル自体もこの漫画を代表するようなシーンがあったが、貘に負けた佐田国が実際に首吊り機で処刑されるのだ。この辺りは好みが分かれるところだが、命を賭けると言っておいて実際は見逃される、というパターンを見ると冷めてしまう読者もいるため、非情に取り立てが行われるのは青年誌ならではの魅力だろう。
しかし今回のセリフはまさにその逆のパターンである。主人公貘の相手である雪井出薫はこれまでイカサマを用いたギャンブルで幾人もの人に冤罪を着せて来た。自分からそれをやる様に周りから踊らされたところはあったにせよ、幾人もの身を滅ぼしてきたのだ。貘に破れた雪井出薫ことユッキーは、それを仕組んだと思われる人の名前と状況を告白し、廃人同然となる。
そして残るは命の取り立て。立会人、門倉雄大は元ヤンキーのリーゼントで容赦のなさそうなキャラである。実際に取り立てを行おうとする。その寸前、主人公の貘は言うのである。
「門倉さん もう ユッキーは 死んでるようなもんじゃねえ?」
この漫画は非情である。命を賭けて負けた側は本当に命を取り立てられる。しかし……、門倉は言う。
「…貘様 この門倉雄大そのような解釈… ………」
そこでページがめくられる。
「嫌いではありません」
そして雪井出薫は廃人と化したものの、命を奪われる事は免れたのである。例外ではあるが、その判断は勝者の意向と、立会人の裁量のうちに含まれているのだろう。
たまにこういうパターンを入れてくるところが、この漫画のニクいところであり、魅力でもある。
本ページの情報は2023年3月時点のものです。最新の配信状況はU-NEXTサイトにてご確認ください。