「最上階でも見えるのは山だねー」
出典元、秋本治の漫画「ファインダー -京都女学院物語-」より。笹咲鈴芽(さささき すずめ)のセリフ。
秋本治は「こちら葛飾区亀有公園前派出所」の作者で、少年ジャンプで40年間休まず連載したレジェンド漫画家である。2016年に「こち亀」が惜しまれつつも終了し、大きな話題となったが、その後間髪入れずに新作を4本も書くと発表してこちらも話題となった。まあ、長年やってきて色々とアイデアもあったのに、「こち亀」に落とし込む以外は発表する場もなくてうずうずしていたのだろう。周りから見れば「長い間お疲れさま」というねぎらいの言葉を掛けたくもなるが、本人としては「やっと新作が描ける!」という気持ちの方が大きかったのかもしれない。
その中のひとつ、「ファインダー -京都女学院物語-」は、写真撮影をテーマとした女子高生4人組の話である。おそらく読者からは「秋本治ってこういうのが描きたかったの?」というリアクションがあったと思われるが、うん、秋本治はこういうのが描きたかったらしい。京都アニメーションの作品が好きらしく、「ふんわりした女の子を描いてみたい」という事で本当にふんわりと言うかワイワイした女の子作品を描き上げてしまった。
縛りを受けていた漫画家が、時間とテーマの縛りを解かれて放たれる作品とは……! という期待は横にどけておいて見てみれば、普通に面白い、キャイキャイした漫画である。こういった日常系の作品は人によって好みが分かれるところだが、大きく反応したのは京都市で、京都の観光をテーマとしていた事もあってその後秋本治は「京都・かめおか観光PR大使」に任命されている。
日常ものと言ってもそこは秋本治、にじみ出るセンスというのはやはり歴戦の兵(つわもの)であり、今回のセリフはそれを取り上げる。京都府亀岡市のタワーマンション最上階の部屋に泊まりに来た4人組だったが、そこから望む絶景を見てスズメが漏らした感想がこれである。
「最上階でも見えるのは山だねー」
本当に何気ないひと言だが、表情的には語尾に(^^;)が付いている。つまりがっかりしている。せっかくの高層ビルなのに山しか見えない……? そしてそれに応じるのは野々衲燕(ののの つばめ)のこの返しである。
「都会だと高層ビル群でカッコイイけどね」
こちらも(^^;)といった顔で、つまりこんな感じである。
「最上階でも見えるのは山だねー^^;」
「都会だと高層ビル群でカッコイイけどね^^;」
引いている。
この辺りが都会の幻想、田舎のリアルというものなのだろう。都会の人は広々とした景色を眺めて「自然が綺麗」、「空気が美味しい」、「解放された気持ちになる」という感想を抱く……だろうと思っているが、実際そこにただただ山だけがあったとしたら、「山か^^;」という感想になる、という話である。タワーマンションからの景色は都会の方が綺麗だという、驚きの発見である。思っていたのと違うのにも関わらず説得力があるという、これが頭のひねりどころ、創作の創りどころである。切り口が違うと言うか、目の付けどころがシャープというか、そう、こんなちょっとしたやり取りに「へぇ」と思うものを盛り込んで来るから、老兵は侮れない。