「なぜベストを尽くさないのか」
出典元、ドラマ「TRICK」の登場人物、上田次郎(うえだ じろう)の著書の名前。上手く作った使いやすい小道具。
著書の名前、と言ってもドラマの話である。劇中劇というかドラマ中著書なので、言ってしまえば上田次郎という架空のキャラの出した、架空の本のタイトルである。架空オン架空。実在しないし、内容もない。しかし……、たった一つ存在するタイトルだけが、十分なほどメッセージ性を持っているという凄い本である。もはやドラマの内容がどうとか、上田というキャラがどうとかは関係なく、どんな人へもメッセージだけがストレートに伝わってしまう。とにかく反則的威力を持つ。
「なぜベストを尽くさないのか」
このセリフをその辺の人に投げかけてみよう。どういう事になるか。
「はあ? 本気でやってるし!」
「ホント時間がなくて……、時期が悪いよ時期が」
「めっちゃ頑張ろうと思ってたんですけど、どうしても眠くなっちゃって」
「一応あれ仕事ではないからねー、お金もらえればもっと作り込めるんだけど」
「いやあ元々あのクオリティは無理だったから!」
なんの事か分からないが、色々な人が勝手に言い訳を始めるという、なかなか凄い呪文である。つまりおそらく、人は皆色々な事に対して、「ベストを尽くさず」、日々妥協して生きているのだろう。時間がなかったり、やる気がどうしても出なかったり、元々そこまで頑張るものではなかったりと理由は様々だろうが、つまり「ベストを尽くさない事柄」がたくさんある。すべてに本気を出せば、それは疲れ切ってしまったり、翌日に影響が出てしまうからだろう。しかし「なぜベストを尽くさないのか」と言われて思わず言い訳をした時点で、ベストを尽くしたかったのに出来なかった事を自分で認めてしまっている。そんな心の奥の後悔を引きずり出してしまう、これは魔法のワードではないか。
もちろんこれは過去の話ではなく、これからやろうとしている事に対して気合を入れるためにも使われるだろう。ドラマの中で上田も、自分に対して繰り返し使っていると語っている。確かにこれは、なにかに取りかかろうとした人が、まず楽をしようと考えてしまう事を思うと最適のフレーズと言えるかもしれない。特にどれ、というものでもなく、仕事でも家事でも人間関係でもどれにでも当てはまるであろう、オールマイティな性能を誇る。この攻撃範囲の広さはどこから来るのか、主語がないからなのか。あえて主語を付けるとすると「人は」になるので、主語が大きいからなのだろうか。
鏡の前に立ち、自分自身に向かってこう唱えるんだ。なぜベストを尽くさないのか-。
さて、冒頭に「実在しない」と書いたが、実はこの本は実在している。放送当時はなかったものの、ドラマが人気を博した影響か、「TRICK」のファンブック的なものとして本が作られ、発売されたのである。これはこれで凄い話だが、上田次郎の世界観を本にして、というよりは、「TRICK」のファンブックにせっかくだからこのタイトルを付けてしまおう、嘘ではないし、という事情があったのかもしれない。ただまあ、こういうものが世に出るのは珍しい事なので、凄いと言えば凄い。読者レビューによると、一気には読めないぐらいのボリュームがあるそうである。
#なぜベストを尽くしたのか
本ページの情報は2023年3月時点のものです。最新の配信状況はU-NEXTサイトにてご確認ください。