「あたしたち大金持ちよ!」
出典元、原作・大場つぐみ、漫画・小畑健による漫画「デスノート」の最新読切より。主人公ミノルの、母親のセリフ。
「デスノート」は世界中で大ヒットした漫画だが、既に完結している。しかしたまに同一世界線の数年後エピソードとして読切を発表したりして、ファンを喜ばせている。そのたびに世界が結構とんでもない事になっているのだが……。これは2019年に”ネーム投稿”という形で突如発表された新作エピソードで、ウェブ漫画雑誌「ジャンプ+」(じゃんぷぷらす)に公開されたものである。ネームというのは下書きのさらに下書きの様なもので、キャラがなにを言っているのかギリギリ分かる、話の内容もギリギリ分かる、という状態のものである。絵はほぼないに等しいが、話の内容は分かる。しかしそのストーリーがめちゃくちゃ面白く、世のストーリーテラーたちを唸らせた。その後、2020年に「ジャンプSQ」誌上にて綺麗に描き上げられた完成品が公開され、当然の事ながら小畑健の超絶画力が余る事なく発揮されたその作画の美しさに、今度は世の漫画家たちが唸った。あのコンビは二度刺す。
”もし善良な人がデスノートを拾ったら”、「デスノート」が流行って以降、このテーマは数多の読者に語られて来たが、新作読切はまさにその答えの一つを原作者自ら提示したものだと言えるだろう。主人公のミノルはデスノートを殺人目的には使わなかったのである。しかしその奇抜な使い方が……。……。
続きを続けます。
ミノルはデスノートをネットオークションにかけ、”売ってお金にする”という手に出た。これはライトのいた「デスノート」世界線上の話であるため、「遠隔で人を殺せるキラの力(ちから)」と言えば世界中の人に話は通じるのである。ミノルはリュークを使って自分の痕跡を全く残さずにオークションを告知し、ツイッターで世界中に公開する形でそれは行われた。リュークに地中を通らせたり紙とペンはその場で用意させたりと、シンプルながら穴のないその方法で、無事バレる事なくデスノートは落札された。アメリカ政府に、1000兆円で。
圧巻はお金の受け渡し方法だろう。捜査側もそこを突くしかないと注視していたが、それがまさかの”山分け”だったのである。「日本のヨツバ銀行に普通口座を持ち 東京都内に戸籍のある 2019年5月24日までで60歳以下の人に 等分」が条件であり、これが公開された時の人々の反応、
「山分け!?」
口座持ってる奴 何万人いるんだよ
100万人として1000兆を分けると………………
「1 人 1 0 億 !?!?」
は、登場人物と読者の感想をシンクロさせる、会心のシーンだったと言えるだろう。確かに1000兆円ももらえるのに他人にばら撒くのはもったいないが、しかし減りに減ったその額がそれでも10億円もあるのなら、納得の出来る落としどころと言える。その見返りが絶対にバレない事なのだから、アリな作戦である。普通だと桁が大きすぎる金額は思考が停止してしまいがちだが、そこを突くという考え方が凄い。ちなみに5000兆円を1億人で分けると一人5000万円になる。
もちろんミノルはヨツバ銀行に口座を持っていたし、条件にも合致している。そういう作戦なのである。条件が発表されて飛び込んで来たのはミノルの母親だった。
「あんたもヨツバ銀行の通帳持ってたわよね」
「どうしよう とんでもないことになったわ」
「あたしたち大金持ちよ!」
はい、今回のセリフはこれである。実はここで、ミノルの母親は口座を持っていたか? という議題が持ち上がる。ストレートに聞けば「あんたも」と「あたしたち」から母親も持っていた感じはするのだが、このセリフだけでは確定とは言えないのである。むしろ持っていなかった場合にこのセリフを言っていたと考えると、中々に味わい深い。すなわち、
「(ニュースで大騒ぎになってるけど)あんたもヨツバ銀行の通帳持ってたわよね」
「(あなたが10億円手に入れたって事は)あたしたち大金持ちよ!」
未成年の息子が大金を手に入れたのだから、当然家族のお金になり、あたしたち大金持ちよ、という話である。ない? ……しかし、何度読み返してみても、どちらとも取れる。取れてしまうのである。
この通り、こんな細部のセリフまで「デスノート」は味わい深い。このあとミノルには理不尽な結末が待っていて、この読切はものすごい読後感を味わえる名作なのだが、だがしかし、この作品のクライマックスはここでいい。
「あたしたち大金持ちよ!」
このセリフで、いい。