『学ぶ姿勢』と『遊ぶ姿勢』じゃ、遊ぶ姿勢の方が断然パワフル(´∀`)
『学ぶ姿勢』と『遊ぶ姿勢』じゃ、遊ぶ姿勢の方が断然パワフル(´∀`) https://t.co/j8zdB11kmk
— 仰木日向📚 (@ogihinata) 2017年5月30日
出典元、仰木日向(@ogihinata)氏のつぶやきより。このつぶやき自体は「コスプレイヤーまじヤバイ」への感想である。
当たり前とも思える意見だが、改めて言われるとなるほどと思う発言でもある。モチベーションがどれだけあるのかが、覚えるにしろ作るにしろその姿勢に顕著に表れる。コスプレイヤーは課題でもないのに強制されてもいないのに短期間で低コストでハイクオリティな作品を仕上げ、それを自分で着た上にイベントに参加し、Photoshopなども使いこなす。一から覚えるとしたら大変な技術と作業量だ。しかしこれは学校へ行って習ってやるのではない。自分がやりたいと思い、自分で全て調べ上げ、周りからの刺激も受け、自分で期日を切ってやり切るのである。服飾学校の生徒が「学ぶ姿勢」で取りかかるのとではモチベーションに大きな違いが表れるのは当然と言えるだろう。
そしてこれは他の分野にも大いに言える事である。なにを趣味にして楽しみにしている人がいるか、分かったものではない。それこそ学校の勉強で、数学、生物、天文学、それらなどで興味もないのに覚えなければいけない、そういう環境に身を置いている人は多いだろうが、それらが趣味であり、興味の対象であり、遊ぶ姿勢を持って学べるならそれはもはや当人にとって娯楽に近い。もちろん姿勢もパワフルになる。勉強の合間に休みを入れたいとも思わず、勉強が娯楽になっているので休みと言われても続けたいだろう。授業などでは間が空くだろうが、もの作り系の課題ならいくらでもパワフルに進み続けられる。そしてそれは学校の授業だけでなく、家でも続くのだろう。好きになるというのはそれだけ効果の高いエネルギー源である。
学校の先生で、いかに上手く生徒に勉強を教えられるかは、いかに生徒にその学習内容への興味を持たせられるかに依るという。歴史や地理の授業などでは先生の豆知識的な技術が遺憾なく発揮されるだろう。単に教科書の内容をなぞって黒板に書いていき、生徒に覚えさせるだけでは芸がない。この歴史的出来事の背景にはどの様なドラマがあったのか、どんな人物が活躍していたのか、この地形によりその周辺の国にどの様な影響がもたらされているか、そしてそこでどの様な食文化が生まれているか、実は日本にこんな影響があるのはこれのおかげなんだ、などと。名教師はそういった語りで本来ならつまらない授業内容を生徒に教えていく。
そしてその中から、例えば家庭科で習った裁縫の授業から、自分で服を作りたいと思う人が現れ、将来的にファッションデザイナーにならなくても、今回の様にコスプレをしたくなって、作るしかないか! となったら、「遊ぶ姿勢」のパワフルさで無茶な試練にも嬉々として取り組むのだろう。他人事ながら微笑ましいノリである。