「無明逆流れ」
出典元、山口貴由の漫画「シグルイ」より、伊良子清玄(いらこ せいげん)の技。構えている時の音は「み し り」。
「シグルイ」は、江戸時代の剣士たちを描いた時代劇漫画である。山口貴由がチャンピオンREDで連載していた漫画だが、原作が存在する。その原作は小説なので、カテゴリーとしてはコミカライズと言えるのかもしれない。原作は南條範夫の小説「駿河城御前試合」で、1950年代の作品である。過去の名作から着想を得て、許可を得て漫画化、いや劇画化された。しかしかなりアレンジと言うか、山口貴由味に調理されてしまっているので、原作がどうだからと言うより、「シグルイ」にしかない要素が語られる事も多い。
「無明逆流れ(むみょうさかながれ)」は剣術の技なのだが、まず構えからして異様である。山口貴由ももしかしたら、その見た目のインパクトを描きたくてこの作品を描いたのかもしれない。杖をつくかのごとく刀を地面に突き立て、上体を右に大きく反らせる。持ち手は逆手持ち、いわゆるアバンストラッシュ持ちになる。そして左手でも柄を握る。上に向かって斬り上げるエネルギーを地面で押し留め、斬る瞬間にはいわゆる「デコピン効果」で自身の力と弾かれる力を掛け合わせた威力とスピードで斬り上げる。言ってしまえば剣道の「面」の、上下逆さまバージョンである。初期は地面を発射台にしていたが、柔らかい地面だと使えないという弱点があったため、後期は右足の指で挟んで力を溜める形に変更された。
み し り
とりあえずググればその構えの異様さは分かるが、同時にどれだけの人にインパクトを与えて、どれだけ二次創作されているのかも分かるだろう。そして不思議な事にその二次創作は、「シグルイ」の正式な使い手である伊良子清玄ではなく、別の作品のキャラクターで描かれる事が多い。山口貴由の絵が二次創作に向いてないという理由もあるが、とにかく「無明逆流れ」の構えがもう、こりゃあもう、もうアレだからなのだろう。つまりその……、絵というものの力を思い知らされる。やはりまずこの構えを描くための「シグルイ」だったのだろう。
しかし……、「シグルイ」という作品において、伊良子清玄は敵役(かたきやく)である。主人公は藤木源之助(ふじき げんのすけ)で、最終的に藤木が伊良子を倒して物語は幕を閉じる。一話冒頭がその戦いの始まりのシーンで、作中が全て長い長い回想になっており、物語の最後にこのシーンに戻って来て決着が描かれるというエモい造りである。「シグルイ」を語るには、とにかくこの漫画は構成する要素のあれもこれも味付けが濃過ぎのため、どの要素を語っても結局深くなるし長くなる。なんと言うか、とにかく知っておいた方がいい作品と言うか……、”絵の迫力によるリアリティのゴリ押しに溢れている作品”。これでいいか。
「無明逆流れ」、このインパクト抜群の技は最終的には破れてしまうが、真正面から打ち破られる事はなかった。それまでに虎眼流の高弟たちを次々と倒し、虎眼流の開祖、岩本虎眼(いわもと こがん)の「流れ星」を正面から下し、一度は藤木の脇差しによるガード戦法も破って藤木の左腕を切断している。藤木は最後の決戦で伊良子に対して空振りさせる戦法を取ったので、「無明逆流れ」ではなくつばぜり合いで決着が付いた。剣術の試合としては負けであるし、”無明逆流れ敗れたり”でいいのだが、結局その速度も威力も破る事が出来なかったというのがなかなかに、……趣が深い。
ああ あれこそは伊良子さま必勝の構え 無明逆流れのお姿…
本ページの情報は2023年3月時点のものです。最新の配信状況はU-NEXTサイトにてご確認ください。