「らくらくホン」
出典元、NTTドコモから発売されている携帯電話のブランド名より。相対的に見て、”楽々”。
そこそこ有名だが、「らくらくホン」は高齢者層をターゲットとした携帯電話のシリーズである。必要な機能を絞り込んでシンプルにし、ボタンを大きくしたり液晶に表示される文字を大きくしたり、音声をクリーンにする機能を搭載して、高齢者に優しい造りになっている。一応、高齢者だけでなく携帯の初心者層もターゲットにしているらしいが、どう見ても高齢者向けの機能がてんこもりなので、口で言っているだけだろう。
携帯電話はガラケーからスマホへと移行しているが、「らくらくホン」もガラケーで発売されたあと、スマホへと移行している。スマートフォンの操作性、いわゆる”直感的に操作せよ”は、当時バリバリIT機器を触っていた人すら混乱させる、革新的な操作方法だった。それを頑張って、頑張って、とにかくシンプルにして、なんとかそれっぽく仕上げたのが「らくらくスマートフォン」なのだろう。
しかし敢えて言うなら、これが企業の作れる”楽々”の限界である。
最低限という言葉のラインがまだまだ高い。「らくらくスマートフォン」には電話、電話帳、メール機能だけでなくインターネット接続やカメラ、アプリまでインストールされている。LINEだって出来るし、これを「機能を絞り込みました!」と言われて渡されても高齢者は面食らってしまう。なにを、どうすればいいの?
スマートフォンの前、ガラケーの「らくらくホン」は、さすがにもっとシンプルだったがそれでも機能が多過ぎた。「家の電話と同じでシンプルですよ!」でよかったところ、「家の電話と同じでシンプルですよ! あとメールも使えますよ! カメラも使えますよ! 時計にもなりますよ! アラームにもなりますよ! 万歩計機能もありますよ! そしてそれらの操作方法はこれこれこういうやり方になります!」というふざけた話である。なお、高齢者は電話の操作を覚えるぐらいで限界を迎えているので、後半の説明は右から左となる。
シンプルさのラインについては開発者もよく考えたのだろうが、おそらく電話帳機能の有無に大きな谷があったのだろう。せっかくのデジタル機器なのだから電話自体に電話番号をメモしたい。つまり電話帳機能は付けたい。そして電話帳機能を入れるからには液晶を付ける必要があるし、文字を打つ必要もある。それにはダイヤルボタンにアルファベットを振っておく必要があり、矢印ボタンや決定ボタンも欲しい。ガラケーの「らくらくホン」は結局、通常のガラケーとほぼ同じボタンが実装されたのである。
そこまで行くと、液晶があるならじゃあ時刻を表示させよう、時計機能があるならアラームを付けよう、音量調整も要るよね、カメラも欲しいよね、と結局機能は増えていく。「らくらくフォン」は決して、液晶画面もない、電話帳機能もないものは作れなかったのである。それにより高齢者からの一番の需要であるところの「電話さえ掛けられればいいからシンプルに」、という要望は満たせなかった。
「電話さえ掛けられればいい」という高齢者の要望だけを考えるならば、そもそも液晶が必要ない。電話帳も紙の手帳を持っていればいいので、機能自体が必要ない。メールも要らないし時計も要らない。必要なのはダイヤルのボタンと受話器を上げるボタン、下げるボタン。これは別々に欲しい。あとはマイクとスピーカーが付いているだけで、音声をクリーンにする機能などは、ユーザーが意識せず使える様に実装しておけばいい。
”楽々”を名乗るならこれぐらいして欲しいのだが、これは開発者の心の中に「もったいないオバケ」の親戚であるところの「せっかく作るんだから便利な機能を付けなくちゃオバケ」が生まれてしまうから、なのだろう。絶対的に見て”楽々”を実現しなければ「らくらくホン」を名乗って欲しくないが、そこがつまり大企業の作る製品としての限界なのだろう。おそらく企画が通らない。