「礼を言う」
出典元、日本で古来より使われている感謝の言葉。現代社会ではあまり使われていない表現。
「これ本当にお礼言った事になってんの問題」である。意味としては「ありがとう」だが、「礼を言う」をはてさて、「ありがとう」と同義にとらえていいものなのかどうか。「ありがとう」の気持ちがあるなら「ありがとう」とはっきり言えよ、と思ってしまう物議を醸す議題である。
ただしかし、取り沙汰されるのがそれほど頻繁でないのは、おそらく現実社会でほとんど使われない表現だからだろう。家族に「礼を言う」と言われた経験がある人は少ないだろうし、仕事上で言われた人も少ないだろう。というか、いないと思われる。これは主に創作作品の中で使われる表現だからである。分かりやすいところでは漫画などで、ものすごいクールで無愛想なキャラが、主人公に助けられたりした時に言うパターンだろうか。作者にしてみれば、そのキャラの性格として「ありがとう」という言葉は使えない。イメージが合わない。しかしこのシーンでなにも言わないのはさすがにまずい。となると、表現を変えつつも、「ありがとう」の言葉が必要になる。すなわち、「礼を言う」が使われるのだろう。さっきから「D.Gray-man」の神田がイメージとして浮かんでいるが、寸分の狂いもない正しいサンプルなので知ってる人は思い浮かべるべき。「礼を言う」以外に使えるとしたら「サンキューな」や「恩に着る」、「かたじけない」辺りか。
しかしやはり「かたじけない」まで行くと武士のイメージである。堅苦しさが度を超えると武士言葉になるという訳でもない。そこはキャラクター性の問題だが、読者に「は?」と思わせないセリフのチョイスが重要である。口数の少ないクールキャラほどそれは難しい。ただ、「礼を言う」がちゃんと謝意を表してるかの問題になると、意外と武士の例が分かりやすいところらしい。「礼を言う」は、”立場が上の人が、下の人に使うお礼の言葉”なのである。これはどちらかというと階級社会の身分の話である。つまり士農工商の時代、武士は農民より身分が上だった。そういった場合、農民にお礼を言うべき時であっても「ありがとう」という言葉は使わない。そこで上から目線はそのままに、謝意を伝えるのに「礼を言う」が使われたという。なので「ありがとう」の意味がちゃんとあるらしい。現代人がもにょもにょするのは仕方ないが、昔の厳格な身分制度のあった頃に使われていたものなので、しっくり来ないところもあるのだろう。しかし正しい使い方ではあった訳で、それが現代、創作作品で”どうしてもこの堅物にお礼を言わせないといけない”、という時に、「ちょうどいいのがあった!」と持って来られ、違和感がありつつも意味は通じる、という変わった位置づけの表現となったのだろう。
似た表現として「それについては謝る」もある。ならしっかり「ごめんなさい」を言えよ、と思うところだが、しかし往々にしてじゃあそのキャラが「ごめんなさい」と言ったら違和感がないのか、という話になり、せいぜい「済まない」ぐらいかなと思ってしまうのがこのパターンである。……「済まない」も謝った事になるのか!? ……いやなるか。ぐるぐるしてしまうが、一つの感情表現に使われる言葉がたくさんある、日本語ならではの悩みなのかもしれない。