「つきぬける」
出典元、週刊連載の漫画が短期打ち切りになる事を表す動詞。主に週刊少年ジャンプの作品に対して用いられる。
漫画が連載を続けるという行為、特に週刊連載の大変さは想像を絶するものである。ジャンプのアンケート至上主義は有名で、毎週読者からのアンケートで順位付けされ、人気が出ないとすぐに打ち切られる。一生懸命話を考えて、アシスタントを何人も雇い、能力の限りを尽くして描き上げた作品が、「人気ないから」と10週程度で打ち切られてしまうのである。現実は厳しい。ただ、読者にしてみればつまらない作品をいつまでも連載されても困る訳で、つまらない作品は雑誌編集側でしっかりと判別して、退場させてくれるのは真っ当な処理とも言える。まあ、メリットもデメリットもある仕組みだが……。
そしてストーリー途中での明らかな連載終了は、「打ち切り」と呼ばれる。明らかなと言っても本当にストーリーの途中でバタンと終わってしまうのではなく、大体は終了前の数話を使って物語が急展開を見せ、最終話に向けて話を畳み始める。読者にとっても大慌てで終わりに向かい始めるストーリーというのは分かるものなのである。長期連載の作品でも人気が落ちた事により「打ち切り」を食らう事はよくある。しかしこれが連載初期、10話や20話で行われると、広げ始めた風呂敷をロクに広げ切らないうちに畳み始めるという状況になるため、なかなかに悲しい。そしてこの、連載が短期で打ち切られる事を「つきぬける」と言う。なんとなくニュアンスが伝わるだろうか。
……。
伝わるはずがない。なにしろ日本語としておかしいのだから、分からないのが当然である。実はこれには明確な語源が存在していて、それがかつてジャンプで連載していたキユの作品、「ロケットでつきぬけろ!」である。この作品が10週打ち切りになった事により、「つきぬけろ!」転じて「つきぬける」がジャンプにおける短期打ち切りの意味となった。つまり固有名詞から転じた名称なのである。誌面をつきぬけている訳ではない。しかしちょっとだけ、なんとなくジャンプを流星のごとく突き抜けていった感があるのはなぜなのだろうか。このちょっとした親和性が、「ロケットでつきぬけろ!」が「つきぬける」の語源に使われる様になった原因なのかもしれない。
あと、それ以外に可能性があるとすれば「ロケットでつきぬけろ!」の話題性だろうか。いくら人気がなかったと言ってもさすがに10週打ち切りは珍しかった事、でもまあ新連載当初から死臭が漂ってたよねと思われていた事、そして余計な要素として、作者が毎週クセの強い巻末コメントを書いていた、というものがある。一部を挙げると、こんな感じである。
「夏の夕方って好き。あのジメジメした感じが妙にエロチックだと思いません?冨樫先生」
「ルーベンスの初優勝。大人になって人前であれだけ泣けるなんて感動でしたね荒木先生」
「モラル欠如者。あの子ら多分携帯持ち始めて使いたくて仕方ないんでしょうね尾田先生」
……迷惑。
相手は話にならないほど格上の大先生である。つまり新人はあまりやらない行為、……いや調子に乗った新人がやる様な行為、それをやっていた事で無駄に有名だったのである。……そんな調子に乗っていた新人が、すごい勢いで鼻柱を折られて10週で駆け抜けて行ったのだから、これは伝説にもなるだろう。
「ロケットでつきぬけろ!」は2000年の作品なので、現在も「つきぬける」が使われている事を考えればレジェンド的存在とも言える。「記録より記憶に残る」的なものと言えない事もない。連載は2か月ちょっとだったが用語は20年近く使われている、と考えるとキユ氏も救われるだろうか。救われないか!