「おーっと翼くん!」
出典元、高橋陽一の漫画「キャプテン翼」より。アナウンサーの口調。
口調。
「キャプテン翼」はサッカー漫画だが、この漫画の芸風はある意味”ナレーション芸”である。
芸?
「キャプテン翼」ではサッカーの試合中、一挙手一投足をアナウンサーがひたすら実況するのである。独特のフキダシで専属のアナウンサーが、テンション高く試合を実況”し続ける”。それはもう、小学生の試合の頃から。もちろん、登場キャラクターたちのセリフや心の声もあるし、漫画なので絵がある……にも関わらず、どちらがメインだか分からないぐらいアナウンサーが状況を説明するのである。まあ、選手が自分で「俺がドリブルで相手右サイドまで突き進んだ!」とセルフ実況する訳にもいかないし、サッカー漫画に誰かの実況は付きものでもあるのだが、「キャプテン翼」ならばそれをアナウンサーが担っている。
現実のサッカー中継でもそれは同と言えば同じなのだが、「キャプテン翼」はその内容が非常に細かい。テレビ中継ならば見ていれば分かるし、そんなとこまでいちいち説明しなくても、というところまで実況してくれるのである。現実で考えると映像のないラジオ向けの過剰解説の感じだろうか。誰が誰にパスした、誰が苦しそうだ、残り時間がもう少ないぞ、とまあ親切に解説してくれるのである。別にそれが、面白くない訳ではないのだが。
しかしサッカー漫画というものは案外その舞台装置が必要で、初めてサッカー漫画に挑戦しようとする漫画家は、淡々としてしまうプレイをどう漫画的表現で派手にするか悩む事になる。選手のセリフと心理描写だけではドリブルやパスの間、テンションが保たないのである。どうしても外からの声、解説やリアクションが欲しくなる。しかし、なんとなく”誰かの声”という事にしてしまうと、それはそれで誰だか分からない人が試合中ずっと、ひたすらプレイ内容を叫んでいる事になるので、とてもシュールな形になってしまう。が、そういうサッカー漫画は普通にある。サッカー漫画を読む時は解説役がどうなっているかに注目すると読者としては面白く、作者からしてみれば恥ずかしい。
「おーっと翼くん!」
シュールと言えば「キャプテン翼」において、このセリフもシュールである。アナウンサーが実況するまではいいが、なぜか翼は「翼くん」呼びである。翼は「大空翼」(おおぞら つばさ)なので、普通そこは「大空」か「大空選手」、”くん付け”するにしても「大空くん」のはずである。そこがなぜか「翼くん」になっている。大迫勇也を「勇也くん」と呼ぶ様なもので、フレンドリーっぷりが半端ない。よく聞く「翼くん岬くん」も、翼は名前な訳だが岬は岬太郎(みさき たろう)で岬は苗字なので比較的あべこべである。そもそも”くん付け”がアナウンサーとしてはおかしいが、まあ少年漫画だし読者に親しみやすく見てもらう手法なのだろう。これは明らかに読者に向けての説明であり、漫画的、いや”キャプテン翼的”である。
少しだけ発想を飛躍させてみると、これはサッカー観戦の楽しみ方の、一つの形なのではないか。サッカーの試合というものを”キャプテン翼的”に楽しむのが「キャプテン翼」という漫画だとしたならば、その味付けを変化させる事で別の楽しさが生まれるかもしれない。例えばサッカーの試合をビデオに撮ってきて、あとから声を付ける。アナウンサーの選手呼びは”くん付け”で、「本田選手」とかではなく「圭佑くん」とかである。さらにお笑い番組のつっこみみたいな効果音を付けてしまおう。シュートしたら「ビシィッ!」、競り合い中には「ドカッ、バキッ」。そして生中継の実況ではなく試合の流れを知った上での台本を読ませる。「ここで亨介くんがサイドに追いやられてディフェンダーに囲まれる……がこれが後の布石になっているのだ!」みたいに。さらにはあらかじめ選手にセリフをもらっておいてはめ込み合成、「上がれ!」とか「パスパス!」、「くそっ」とかどんどんアフレコ。サッカー中継の魔改造とでも言おうか。あ、シュートにはレインボー! ……なにを言っているのだろうか。