「あれ以上早く投げられないでしょ」
出典元、プロ野球中継、どこかとどこかの対戦での、誰だったか解説者のセリフ。
投球に関するセリフではない。ネガティブな発言でもない。セーフティバントだったと思うが、バッターがバントしてサード方面にボールが転がり、サードは急いで走り込みファーストにボールを投げたがセーフになった。際どいタイミングだったがセーフになったので、セーフティバント成功、このプレイに関しては守備側の負けである。アナウンサーに意見を求められて解説は言う。
「あれ以上早く投げられないでしょ」
そう、サードのプレイも素晴らしかったのだ。やはりセーフティバンドだったか、不意を突いて来たので守備位置は定位置だった。が、バンドの構えを見せたところでサードの選手は全力で走り込む、しかしここもバッターが上手い、ボールの勢いを上手く殺して三塁線に転がしていた。てん、てん、それを突進してきたサードがグローブキャッチを省略して右手でつかみ、体勢を崩したままファーストへ投げたのである。まさに、
「あれ以上早く投げられないでしょ」
と観客も思うプレイだった。つまりサードへの最高の褒め言葉だったのだ。実際、誰だかは忘れたが素晴らしいプレイだった。サードからの突進も早かったし、もしかしたら右手を送球するモーションの途中にボールをキャッチして、そのまま投げていたかもしれない。送球した後は倒れていたかもしれない。グローブでキャッチして、通常通り右手で握り直し、振りかぶって投げるのとは大違いである。さすがプロ、という技を見せ付けられた瞬間だった。もちろん、そんな守備をするサードに勝つバッターも凄かった。
うーん、古田だったかもしれないが、そしてこのそっけないひと言がこれ以上ない絶賛のセリフになっている事も面白い。あれ以上早く投げられない、そのまんまの感想なのに、プレイの完璧さを完全に説明している。セーフティバントを決められた側なのに、そちらをまず褒めている。ま、その後にはバントを決めた側も褒めていたかもしれないが、とにかく油断すると聞き逃してしまうぐらい普通の感想なのに最上級の褒め言葉、というのが面白かった。
そしてこういうプレイがあるから、野球というものは面白い。剛速球やホームランなどの派手なプレイ以外にも、不意を突くプレイ、流れを掴むプレイ、そしてその人の練習の積み重ねのたまものである、”地味だけど素晴らしいプレイ”が見られるのである。それを考えると、かつて野球をやっていた人こそ目の肥えた観客でもあるので、そのプレイがどれだけ地味でも、どれだけ訓練を積んでこなければ出来なかったかが分かり、それだけ多くのシーンを楽しめるという事にもなる。観客も視聴者も誰もが野球経験者という訳ではないので、解説者にはうるさくない程度に、「これは中々出来る事じゃないんですよ」と詳しく解説して欲しいものである。