「ひょっとして、コレ、まばたきか」
出典元、鈴木光司の小説「リング」より。主人公、浅川和行(あさかわ かずゆき)のセリフ。
「リング」、ホラー小説界の金字塔的作品である。ホラー小説で最も有名な作品はどれか、と言われれば必ず名前の挙がる作品だろう。続編も含め何度となくドラマ化、映画化されたため一般知名度も非常に高い。あの貞子の「リング」である。この作品の発表後、ホラーブームが巻き起こっただけあって当時の衝撃は相当なものだった。映像化後の「リング」は、貞子の怖さをより際立たせるためそちらに重点を置かれて行く様になり、映画は映画で続編が作られたりしたが、元々の原作小説はまた少し違った怖さがある。恐ろしい姿をした者が不意に襲ってくる怖さとは違う、”逃れられない死”という本能を揺さぶる根源的な恐怖である。
雑誌記者をしている主人公の浅川は、親戚の子の突然死を調べていくうちに、その突然死が4人一斉に同時刻に起こったという事実を突き止める。どうしてそんな事が起こったのか、薬物か、ウイルスの仕業か……。さらに調査を進めると、その4人が実は一緒に旅行に出掛けていて、同じ貸し別荘に泊まっていた事が判明する。浅川はその地へ赴き、好奇心の赴くまま調査を進め、呪いのビデオを見てしまう……。ビデオは意味の分からない映像の連続だったが、最後にこの言葉が流れる。
「この映像を見た者は、一週間後のこの時間に死ぬ運命にある。死にたくなければ、今から言うことを実行せよ。すなわち
夏は、金鳥蚊取り線香ですね。金鳥の夏、日本の夏」
え
え?
一番大事な部分に、蚊取り線香のCMが上から録画されて消されている……!
え、ちょっと待ってくれよ。待ってくれよと思っているところに電話が鳴る。取ると誰も出ない。貸し別荘に、いたずら電話? しかし電話の向こうには、じっとこちらをうかがっている気配がする。浅川は前の4人が一週間後に死んだ事を知っている。これらがいたずらだと思うには、状況の信憑性が高過ぎた。浅川は友人の高山竜司(たかやま りゅうじ)に事情を話し、助けを求める。こいつなら喜んで首を突っ込んで来るはずだ。
浅川の期待通り竜司はまずビデオを見せろと言い、協力を申し出る。二人はビデオの内容と呪いの解除方法”オマジナイ”を調べるべく時間のない中悪戦苦闘する。……のだが、しかしこの段においてもこの物語が、科学的根拠の中にある作品なのか、そうでない超常的なものがアリの世界観なのか、ギリギリのところを進んでいた。”呪い”というものがあるのかもしれないと思いつつも、最終的に科学的に解明するのかもしれない可能性を残して物語は進んで来たのである。呪いのビデオを繰り返し見てヒントを探す二人。まるで自分が見たと思ってしまうぐらい酔いそうな映像。そこに時折現れるほんの一瞬の暗闇。
「ひょっとして、コレ、まばたきか」
呪いのビデオに”まばたき”が映っている。この映像はビデオカメラで撮影されたものではなく、誰かの見た視覚情報をそのままビデオに”念写”したものだった……!
ここから話は「超能力」「念写」「呪い」のあるホラー世界観へ”なめらかに”移行していく。現代日本を舞台にして、記者である主人公が科学的にどうなのか調べを進めて行った流れの中で、序盤からのホラーテイストを上手く利用したこの流れは非常に秀逸だった。なんだファンタジー要素ありなのか、と考えるよりもとにかく、恐怖が背中を叩く。そしてもう続きを読む手が止まらなくなる。怖さで頬が震える。闇が怖くなる。
小説には映像がないため、ひと目でどうだ、というインパクトは映像作品には及ばない。しかし逆に、”もとより映像は想像で構築されている”ため、心に穿ってしまった恐怖により想像の怖さには限度というものがない。そして襲い来るのはシンプルながら最も強力な根源的恐怖、「死」である。そこに時間制限、謎解き要素、最終盤の展開と、読者は胸を締め付けられる様な気分で読み進める事になる。本当に見事な造りの小説である。ホラー小説を語るなら、一度読んでおいた方がいい作品だろう。