「メールシュトローム! メールシュトローム!」
出典元、ジュール・ヴェルヌの小説「海底二万マイル」より。ノーチラス号船員の誰かのセリフ。
「海底二万マイル」は、19世紀を舞台にした作品である。なお、19世紀というのは1900年代ではなく1800年代(1801年~1900年)であり、ちょっと前ではなくかなり前。……海に現れた謎の巨大生物は、実は潜水艦だった。巨大生物だと思い追っていたアメリカ軍のフリゲート艦から海に投げ出されてしまったアロナックス博士ら3人が、その潜水艦ノーチラス号の主ネモ船長と出会い、半ば軟禁状態になりながら世界中の海を旅する話である。ネモ船長やノーチラス号と聞くと「ふしぎの海のナディア」を連想する人も多いと思うが、名前やいくつかの設定を拝借しているだけで物語は全くの別物である。本家のノーチラス号はミサイルを発射したりしないし、もっと無骨で、魚っぽい形をしている。……ああ、ディズニーシーに停泊しているアレが最も再現度が高い。
「海底二万マイル」はフランスの小説で、翻訳ものなので日本語訳の題名がいくつかあり、タイトル揺れしている。「海底二万海里」、「海底二万里」、「海底二万哩」、「海底二万リュー」、「海底二万リーグ」などと名付けられているが、すべて同じ作品である。ヴェルヌは小説のタイトルに内容そのままを付ける事が多く、この作品も海底を二万マイルぐらいの距離、旅する作品である。ただし平和な旅だとは言っていない。いわゆる”驚異の旅”。ちなみにヴェルヌの別の作品で「二年間の休暇」というものがあり、その作品の内容は学生たちが無人島で2年間を過ごすというものである。もちろん平和な休暇だとは言っていないが。日本で翻訳された際、いくつかの名前を経て「十五少年漂流記」になり、人気を博した。タイトルって大事。
今回のセリフは「海底二万マイル」のクライマックス、ネモ船長との決別を決めたアロナックス博士ら3人が、ノーチラス号から密かに脱出を試みるべくボートを出そうとしたシーンである。潜水艦ノーチラス号はちょうど浮上しており、見張りもいなかった。しかし外に出た3人は、船内で船員の誰かが叫んでいる警告の声を聞く。
「メールシュトローム! メールシュトローム!」
それはノルウェー近海で起こる大渦巻きの名前である。陸の見える場所での浮上という格好の脱出チャンスだったが、大変なタイミングだった……。すぐにノーチラス号は大渦巻きの渦に捕まる。最も脱出を先導していたネッド・ランドも思い直し、ボートとノーチラス号とを繋ぐボルトを締め直そうとする。ノーチラス号にくっついていたら、まだ助かるかもしれない。が、めりめりっと音がしてボルトが壊れ、ボートは大渦巻きに投げ出された――。
……。
しかしそこはまあ、揃って海岸へ打ち上げられ、3人は一命を取り留める。自らノーチラス号を離れた博士たちだが、ノーチラス号の安否は気になるものだった。普通の船ならまず沈没だが、ノーチラス号は潜水艦である。いくら巨大な渦巻きでも、ノーチラス号なら乗り切るのではないか。それまでもいくつもの危機を乗り越えてきた船である。この決別と解放、敵視しつつも心配する気持ちを抱く終わり方というのが、ただのハッピーエンドにはない、いい余韻となって心をその作品世界から離さない。ノーチラス号がどうなったのかは最後まで謎のまま、「海底二万マイル」は幕を閉じるのである。
つづく。