「カレー丼」
出典元、白いご飯にカレールーをかけた料理の名前より。むむ?
いやそれは「カレーライスじゃん」というリアクションが普通なのだが、しかし「カレーライス」と「カレー丼」は一応、違うものである。大体同じだが少し違う。「カレーライス」と言った場合が普通のカレーで、「カレー丼」は蕎麦(そば)のだし汁や割り下を使ったカレーであり、どんぶりに入れて提供される。基本的にそば屋で提供されるものであり、箸で食べる。
……まあもちろん、スプーンが欲しいと言えばくれるだろうし、元からスプーンが添えられている場合も多いだろう。そば屋だからってスプーンやレンゲが置いてない事もない。そもそも箸でカレーを食べさせるなど苦行や嫌がらせに近いので、客の事を考えたらスプーンを添えるべきである。まあ、「カレー丼」というものは、普通のカレーとはちょっと趣の違う、カレー専門店ではない店で出される和風のカレーといったところだろう。
さて。2003年、アメリカで発生したBSE(牛海綿状脳症)問題により、アメリカ牛の輸入が困難になった事件があった。牛丼チェーン各社は大騒ぎになったが、牛丼を主食にしていたサラリーマンたちも大騒ぎになった。ここから数年間、BSE問題が解決するまでほとんどの牛丼店から牛丼が消えるという異常事態に陥ったのである。各社涙ぐましい努力を強いられたが、結果的に言えば「豚丼」を中心とした”牛丼以外のメニュー”で凌いだ。牛丼の代替品としては「豚丼」しかない。その時「豚丼」とは別に存在感を発揮したのがカレーである。
牛丼チェーン店大手3社で言うと、元々メニュー数の多かったすき家や松屋は比較的ダメージが少なかったが、吉野家が致命的だった。”吉野家の牛丼”というカリスマ化した存在と、牛丼さえあれば客が来てくれる状態だったために、吉野家は牛丼と朝定食ぐらいしか扱っていなかったのである。そこで吉野家ももちろん「豚丼」を作ったが、しかしやはりそれだけでは厳しい。その時吉野家に投入されたのが「カレー丼」である。正式名称は「吉野家のカレー丼」、400円、サイズバリエーションなし。それは牛丼用どんぶりにそのまま入っていて、「カレーライス」とは全く異なる見た目をしていた。この違和感はなかなかのもので、取るものも取りあえず応急的に作り上げたんだな、という感想を客に抱かせたほどである。箸で食べるのではないが、木製の赤いスプーンが付いてくる。レンゲと言った方がいいかもしれないが。……。
今では牛丼チェーン各社ともカレーがレギュラーメニューに定着しているため、カウンターにスプーンが置いてある事も多いが、当時はスプーンやレンゲはまず使われておらず、特に吉野家でスプーンが使われる事なんてなかった。その、ある種異様とも言えるどんぶりに入ったカレーを、金属の普通のスプーンではなく、赤くて細くてすくえる量が少ないレンゲで食べるというのだから異次元の体験である。どんぶりに入っているだけあって、ほじくり返す様に食べるカレー、しかもスープカレーほどではないもののちょっとルーが緩めでタマネギが熱いあのカレーは、特に昼休みに吉野家を利用するサラリーマンたちに変に印象に残る食べ物として記憶されたとか。されなかったとか。
吉野家は現在もカレーを提供しているが、それはもう普通の「カレーライス」の形状であり、「カレー丼」ではない。あの「吉野家のカレー丼」は、もう味わえない。