「あっすいませーん(笑)」
出典元、不詳。とある大盛り系飲食店での、女性客の帰り際のセリフ。
行列の出来るカウンターのみの店で、店内は殺伐とまではしていないものの、待っている客に見られながら大盛りメニューをなるべく早く食べなければならない、そういう環境だった。それなりによくある光景だとは思う。その店は普段から、”気を遣う割りに厳しい”という不思議な客対応をしていて、初めての人にとっては緊張する雰囲気と言える店だった。
気を遣う部分としては、基本が大盛りメニューなので女性客が来た際は「女性には多いと思いますけど少なめにしますか?」などと聞いてあげる事。厳しい部分としては、そう言っているにも関わらず通常サイズを注文した女性客が残すと、ナチュラルに怒られる事。しかし女性でなくても食べられるか微妙な量が通常サイズな大盛り店である。男性でも小食なら食べきれないし、男性客にはいちいち事前注意なんてしてくれない。
怒られ方にも2種類あって、わざわざさらなる大盛りや増量をしたのにそれを残してしまうパターン。これは当然、怒られる。他の客だって「なにやってんだ」ぐらい思うだろう。しかし初めてだったのなら情状酌量の余地はある。そしてもう一つのパターンが、つまり女性に少なめにするか聞いたのに普通でいいと答えた、のに残した場合である。今回のシーンはそれだった。
「ごちそうさま」
かなり残った量のあるどんぶりを上げて女性客が言う。それを見た、こちらも女性の店員が、
「残されると困ります」
と怒る。それへの返答が、今回のセリフである。
「あっすいませーん(笑)」
そう言ってさっさと出て行ってしまった。そのやりとりはもちろん周りの客にも聞こえている。ちなみに前払い制なので食い逃げとかそういう話ではない。さて。
その女性客は悪いことをした。女性店員も怒っていた。そこまではいい。この、笑って謝るその対応である。一見、やってる事も失礼だし言い方も失礼だな、と思いがちだが、よく考えるとこれはこれでいい塩梅なのかもしれない、と思うのである。
例えばそこで、ひたすら申し訳なく謝っていたりしたら、おそらく女性店員も多少小言を言い、その場の空気をより悪くしていたのではないか。失礼ながらもさらっと謝ってさっさといなくなってくれたおかげで、他の客もこの怒りやすい女性店員の小言を聞かなくて良かったのではないか。なにせ食事中である。小言なんて聞きたくない。
もう一つ、結局のところ大盛り店なので、普通に男性客でも普通サイズを食べ切れない事がある。その緊張感を持って食べている人も、待っている人もいる。そんな中、先陣を切って”やっちゃってくれた”人が、軽くあしらって帰って行ったのを見た。女性店員だって追いかけて怒るまではしない。あ、そうか、自分ももし残したら、残してしまっても、ああやってさらっと謝って帰ればいいのか、という多少の安心感。
やっている事も言っている事も完全に失礼なのに周りに安心を与えるという、不思議な魔力を持つ、ちょっとしたひと言だった。