「適量」
出典元、各種料理レシピより。比較的あちこちのレシピにしれっと登場する謎の単位。
そして料理初心者を返り討ちにする強大で無駄な障壁。
この用語を考えた人と定着させた人は、世の料理初心者に対して土下座して謝った方がいい。多少大げさだが、ものが「料理」という人間の根幹を支えるものであるだけに、その初心者をあらかた断念させ”料理しない人”をたくさん生産してしまった事を考えると、その罪も非常に大きい。
作る事が上手な人は、教える事も上手とは限らないのである。
「そのくらい感覚で分かるでしょう?」、「適当でいいんだよ」、という考え方があるゆえに、料理本や各種レシピサイトにたびたび登場する「適量」という用語であるが、そういうものを参照する人がどのくらい経験を持っているかを全く考慮に入れていない。量が分からないからレシピを見ているのだし、「そこは大体でいい」の「大体」が分からないからこそ、確実な正解が知りたいのである。書いてある通りの方法で材料を切りました、書いてある通りの分量で調味料を調合し、書いてある通りの火の強さで、書いてある通りの時間、煮込みました。よしよし、いい感じだ。料理の上手な人が書いたレシピ通りなので、当たり前だ。では最後に塩・コショウを
「適量」
足してください。ふむ……。小さな鍋にいい感じに煮込まれた料理に、適量、か。ここへ来て量の指定がないのも困りものだけど、適当でいいか。とりあえず塩を大さじ山盛り1杯、コショウも同じく大さじ山盛り1杯ぐらいかな? ドボンドボンッ。コラコラなに考えてんのー!?
「適量」という説明の方がなにを考えているのか。
大さじ山盛り1杯が問題であるのなら、「小さじ1/4」なり「ひとつまみ」なり、いくらでも書き様があるのではないか。いや、「ひとつまみ」にも多少文句はあるが。そして別にノーヒントなのだから大さじ山盛り1杯だってまともな方である。なにせノー経験でもある。塩を適量、と言われておもむろに塩の大袋を開封する人もいるのである。袋の半分ぐらい入れればいいのかな……? ドザーッ!! なに考えてんの!? さすがに漫画の世界かな、いやいやいや、だったらヒントをくれよ、じゃなくて正確に指定してくれよ、ここまでの親切で量を正確に指定して来た流れはなんだったのか。もしこれが、もっと馴染みの薄い調味料だったら? 容器も一般家庭には普通置いてないものだったら? スパイスの「ナツメグ」の詰め替えパックを見て、カレー粉ぐらいの感覚で使うのかなと思う人もいるのではないか。「クミン」は? 「カルダモン」は? ああいうのは詰め替えパックでも意外と小さい。丸ごと全部がちょうどいいのでは、という考え方もありえる話である。常識的に考えれば分かるでしょと言われて、正解を当てられる人がどれだけいるというのか。なにしろ料理初心者の勘である……。
パソコンを触った事もない人に、「ちょっとそのPC、シャットダウンしといて」と言っているのと同じぐらいの無茶振りなのではないか。いきなりコンセントを抜かれても文句を言ってはいけない。「適量」は、それぐらい酷い説明である。下手な説明ほど、罪なものは無い。