「さっきのパイロットね。綾波タイプの初期ロットか」
出典元、映画「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q」より。アスカのセリフ。
これは「Q」のラストシーン、シンジ、アスカ、レイの3人だけになった赤い世界での会話である。「Q」の最後の戦闘はとんでもなく”しっちゃかめっちゃかな状況”だったため、最後の最後でこの3人の一応は落ち着いた場面があったのは、視聴者にとって少しだけ救いがあったと言えるかもしれない。しかし人に向かって「綾波タイプの初期ロットか」だなんて人権侵害にもほどがあるセリフだが、レイは全くもってクローン人間然としているので、本人も不満を漏らさないし見ていて違和感すらない。
……違和感がなさすぎて気付きにくいが、「綾波タイプ」というのはエヴァ以降、アニメ業界でよく使われている用語だったりする。テレビ版「新世紀エヴァンゲリオン」は社会現象を巻き起こしたほどの作品で、そこに登場するレイやアスカの知名度はアニメキャラとしては最高レベルに達していたと言えるだろう。そしてこの対照的な二人のキャラでどちらが人気があったかと言えば、驚くべき事にレイが圧倒的に人気だったのである。元気キャラのアスカより無表情キャラのレイが人気だという驚きの現象はアニメ業界に衝撃を与えたと思われ、以後あちこちで「綾波タイプ」と呼ばれる無口で無表情で無感情な美少女キャラが出現する事になる。
有名どころでは「機動戦艦ナデシコ」のホシノ・ルリ、「涼宮ハルヒの憂鬱」の長門有希(ながと ゆき)がよく名前の挙がるところだろうか。他にも「ゼロの使い魔」のタバサや、「ギャラクシーエンジェル」のヴァニラ、「DARKER THAN BLACK」の銀(イン)などは非常に綾波度が高い。「名探偵コナン」の灰原哀(はいばら あい)と、ややマイナーだが「アキハバラ電脳組」の大鳥居つばめ(おおとりい つばめ)は声も似ているのでかなりのクオリティの高さと言えるだろう。アニメでちょっとピックアップするだけでこれだけあり、もちろん漫画でも「綾波タイプ」のキャラは作られたが、特にギャルゲーでは「こんなキャラ属性があったのか!」とばかりに初期ロットではない「綾波タイプ」が大量生産されていった。もしこういった現象があった事を知った上でアスカに「綾波タイプ」と言わせていたとしたら、なかなかに皮肉の効いたセリフである。
が、まあ、さすがにそこまでは深読みしすぎだろう。なにせ「Q」のこのセリフ自体、いまいち意味が分かっていないのである。そもそも「タイプ」と言うからには他のタイプが存在するのかも不明、「ロット」がどうとか言うからにはレイがまだ何人もいるのかも不明、アスカがなぜそれを知っていてひと目で分かったのかも不明、そしてそこにいるレイが前作「破」のレイと同一人物なのかも不明……、だからである。というかかなり怪しい。
「Q」のレイは正式に「アヤナミレイ(仮称)」という名前になっており、「破」のレイと同一人物とは思えない言動とその名前から、視聴者の頭を抱えさせる存在となっている。まさに「綾波タイプ」と言わんばかりの無感情を貫いて、いつ後ろから別ロットのクローン体がぞろぞろ登場してもおかしくない鉄仮面っぷりだった。が、まあ、終盤にかけて心を動かされたシーンもあり、一応この「アヤナミレイ(仮称)」でやっていくのかな、という空気は出し始めている。「破」でみんなの心をわしづかみにした「碇君と一緒にいるとポカポカする」こと「ぽか波」から、豪快にリセットされてしまったので、新劇場版においてアスカとレイの人気は逆転の様相を呈している。しかしよく考えるとアスカだって新劇場版で「惣流」から「式波」に名前が変わっておいて未だに説明がないという、最初から一番意味不明なキャラだったではないか……。
”しっちゃかめっちゃかな状況”からの最後の場面、アスカは敵として戦っていたが結局シンジを助けに来てくれたみたいで、レイとも揉めたりせず観ている側としてはひと安心である。3人で同じ方向へ歩いて行くという映画の終わり方としてぎりぎり前向きチックなシーンで「Q」は幕を閉じる。しかしレイは新キャラみたいなものだし、アスカは存在が不穏である。そしてよく考えたらシンジも「Q」のしょっぱなから「仮称碇シンジさん」とか言われてこちらも不安定な存在だったりと、テレビ版からお馴染みのメイン3人にも関わらず3人ともなんだか地に足が着いていないという、控えめに言ってあたまがおかしー状況となっている。そういった謎を考察するのがエヴァの楽しさとも言えるが、訓練されたファンでないと、それはなかなか難しい。